コロナの時に㉖ダブルバインド

「七転び八起き」失敗してもくじけず、何度でも立ち上がって努力するような強い人に育ってほしい、と願って子育てをしている親(養育者)は多いのではないでしょうか。強い人に育ってほしいと願う一方で、親が子どもにしてしまうことのひとつに「ダブルバインド」があります。

例えば、子どもに「好きなお菓子を買ってあげるよ。好きなお菓子を選んで」と言ったとします。ところが子どもが選んだお菓子が、添加物が多そうなお菓子やおもちゃ付きのお菓子だったりすると、親が「それはダメ」と言ってしまうというような場面は、子どもとの日常によくあることではないでしょうか。

ダブルバインドとは

「ダブルバインド」とは、1つの事柄について、2つの矛盾するメッセージが送られることによって、相手を混乱させ精神的に追い込むコミュニケーションです。矛盾する2つのメッセージとは、「言っていること」に矛盾がある場合だけではなく、「言っていること」と口調・声の大きさ・行動・態度などに矛盾がある場合も「ダブルバインド」です。2つの矛盾するメッセージには時間差があることもあります。

「ダブルバインド」は、イギリス人の文化人類学者グレゴリー・ベイトソンによって生み出された概念です。家庭や会社など、逃げ場のない関係性の中で繰り返しダブルバインドを経験すると、統合失調症をはじめとしたメンタルヘルスの不調の原因となる可能性があると提唱しました。後々の研究からメンタルヘルスの不調が養育者の育て方など、それだけで発症するわけではないことがわかっています。しかし「ダブルバインド」が人の心理に大きな影響を与えることは確かです。

おとな社会のダブルバインド

例えば上司が新入社員に、

「わからないことは何でも訊きなさい」と言ったとします。そこで新入社員はこんなことを訊いてもいいかなと思いつつも、わからないので訊くことにしました。ところが上司から「それくらいのことは自分で考えてほしい」と言われたのです。上司の真意は、ある程度自分で考えて、その考えを言った上で質問してほしいと思っているのかもしれませんが、これでは真意が新入社員に伝わりません。このように「ダブルバインド」はおとな社会でもあることです。

おとなであれば、対応の仕方を考えてみたり、同じ職場の人に相談したり、専門家に相談してみるなど対処できますが、子どもの場合は「ダブルバインド」の状況によっては、子どもの心に大きな混乱を引き起こします。

子どもへのダブルバインド

例えば、受験期に、親が「あなたが行きたい大学を選びなさい」と言ったところ、子どもが自分の将来を真剣に考えた結果「専門学校に進みたい」と答えた場合に、子どもの専門学校に進みたいという気持ちを受け止めもしないままに、親が「大学に進む方がいいのではないの」などと持論を展開する。またひどい場合は、子どもの選択を無視して「前にあなたは語学を勉強したいと言ってたね。外国語学部の英米語学科か、フランス語学科がある大学がいいのではないの」などと選択を閉ざすようなことを言いだすこともあるでしょう。

 

また「自分の意見をしっかり持って、意見ははっきりと言いなさい」と常々子どもに話していたとします。ところがある日その子が親に自分の意見を伝えたところ、ろくに話を聞きもせずに「まだ子どもなのに、そんなにはっきりと自分の意見を言うなんて、あなたの思うようにはいかないよ」と言われたらどうでしょうか。

子どもの場合、相手が言っていることがおかしいと思っても、何故こんなことを言うのか理解に苦しみ、戸惑ってしまいます。「ダブルバインド」は、「あなたはダメな子」という直接的な否定のメッセージより質が悪いのかもしれません。そういった状況を客観的に見ていてくれる味方もいない、混乱した子どもの気持ちはどんなに苦しいでしょうか。

子どもへの悪影響

長く「ダブルバインド」を受け続けることにより、自信をもって伸び伸びと自分の力を発揮しにくくなってしまいます。起こり得る子どもへの悪影響には下記のことが考えられます。

   親との信頼関係が希薄になる

子どもにとって親はなくてはならない存在であり、従わざるを得ない存在でもありますが、成長してくるとやがて口で言っていることと思っていることが違うことに気がつきます。何を信じればよいのかわからないまま、それでも子どもは親に受け入れられようと頑張りますが、親に対して「信頼できる存在」という安心感を持つことが難しくなります。

 

   自己主張ができなくなる

自分の意見を言っても、その時々で否定されたり肯定されたりと一貫性がなく、結局は養育者の思う方向に言い聞かせられて物事が進んでいってしまうと、選択の余地がなくなり自己主張すること自体を諦めてしまいます。

 

   自分で考えなくなる

子どものためという一見正当な理由で、親の価値観を刷り込まれた子どもは、思い惑いながら、自分の考えていることを押し通すことができず、自分の気持ちや意思がわかりにくくなる傾向があります。素直な子どもほど、自分の意思よりも親の思いを優先させてしまうといったことにもなります。

 

   自己肯定感が低くなる

自己肯定感とは、他人と比較することなくありのままの自分をこれでいいと思える感覚のことです。「ダブルバインド」が幼い頃から繰り返され、条件付きの愛情を感じていたり、不安や無力さを抱えながらも親の意に沿うことがベースとなっているような状況では当然自己肯定感は育まれません。

 

   自分より弱い立場の人に脅しをかけてしまう

自分より立場の弱い人に「ダブルバインド」をしてしまいます。

子どもは、親の思うようには育たないかもしれませんが、ほぼ育てたように育ちます。

「ダブルバインド」で継続的に接してしまうと、子どもは自分のことを否定的にとらえてしまいます。そういった条件付きの愛情や脅しのような接し方は、子どもの生きるちからを削ぐものです。親はそんな接し方をしているつもりはないはずです。だからこそ時には「ダブルバインド」になっていないかふり返ってみることが必要です。

 

子どもが生まれた時「健康で、のびのびとした強い子に育ってほしい」と思いませんでしたか?それは今も変わっていない思いではないでしょうか。きちんとしたコミュニケーションすることは人間関係の基本です。親は子どもへの愛情があると信じているので、愛情は子どもに伝わっていて当たり前のものだと思っているのかもしれません。コミュニケーションは双方向のものです。あなたは親としての愛情を伝えているでしょうか。そして愛情はきちんと子どもに伝わっているでしょうか。