コロナの時に②

 

まだまだ「コロナ禍」、「コロナ渦」の中ではありますが、緊急事態宣言も解除された今、自分にとってのこれまでを振り返ってみたいと思います。

身近になったコロナ

日本での新型コロナウィルスが、令和二年が明けた一月に最初の感染者が確認され、二月に入ってダイヤモンドプリンセス号での集団感染のニュースが流れたあたりからいよいよコロナを意識し始めました。「国内でのコロナ感染者が…」「国内でコロナによる死者が…」と聞くのと違って、「芸能人の〇〇さんが…」と顔を知っている方が罹患したり、亡くなったりすることで、更に身近にコロナを意識しないわけにはいかなくなっていきました。

それぞれのこと

身近に高齢者がおられる、小さい子どもさんがおられる、住んでいる地域、生活環境、職業、健康度などなど、ありとあらゆる事情によって、立場によって、感じたこと、考えたことは人それぞれだとは思います。ただ誰もが、急速に今までの生活を変えていかざるを得なくなったのではないでしょうか。

一変した生活の中で

私の生活はといえば、

 

一番に運動量の確保……外出を控える、不要不急の外出を控えるようにといわれても、制限のある中でもせっせと動かないとコロナ対策としてはよくても、持病の悪化を防げないので、運動として適当な距離にある書店まで行くことと、比較的空いている場所に買い物に行くことを日課にしていました。

 

人とのコミュニケーションの確保……人と話さずに生きていくことはできないなとつくづく思い知らされました。努めて誰かとコミュニケーションをとらないと、一日中誰とも口をきかない日があるかもと思っただけでも恐怖でした。携帯電話やパソコンでのコミュニケーションができたのは幸いでした。ただ直に人と会って会話がしたいと切実に思ったものでした。直に会っての会話とそうでない会話では、余韻が違うと感じました。

 

コロナに罹ると持病によって重症化するかもしれないこと……罹患しない可能性や罹患して人に移す可能性は常にゼロにはならないので、ワクチンの開発までには時間がかかっても、早急にコロナに効果のある薬がみつかりますようにという神頼みでした。

 

 

仕事が受けられない状態……当カウンセリングルーム「こころのまいはうす」でのカウンセリングは対面のみです。自治体のSNSカウンセラーでもありますので、対面以外の方法をよしとしないというのではありませんが、実際お会いしての対面でのカウンセリング以外の方法を考えることはありませんでした。

コロナでわかったこと

 

コロナの急な流行によって生活が一変して、当たり前だったことが当たり前にできなくなった生活を送ったことで、改めて生きているありがたさや気を張って過ごすことのしんどさや不自由さを実感した日々でした。

 

命ということばが頭をかすめる日々にあって、今すぐの行動の選択を迫られる。なんだのかんだの理屈ではなく、自分の正味で選択していくしかない。言い換えれば「本当のところ」「正直なところ」の選択だったと思います。その選択によって自分にとって何が大切なのかがよくわかった気がします。